本日は2017年9月26日付のMethods in Ecology and Evolution Blogから、"Monitoring the Distribution and Abundance of Sea Otters"をお届けします。ラッコの個体数や分布の調査は非常に多くの困難を伴います。そのため、航空写真や統計学的手法を用い、個体数や分布を算出し、より信頼性・確実性のある予想を導き出しています。統計学はこのような分野でも応用されているんですね。少し専門性の高い難しい記事なので誤訳があればご指摘いただけましたら幸いです。
ラッコ (Enhydra lutris) は沿岸海洋生態系、つまり陸と海の間の狭い帯状の生態系の頂点捕食者だ。18世紀と19世紀、商業毛皮交易時代にラッコは北太平洋全体の生息域で絶滅寸前まで乱獲された。1911年までには、ほんの一握りの小さく隔離された個体群が生き残っただけだった。
しかし、ラッコの個体群は、いくらかの変化があったため多くの場所で回復してきた。1911年のオットセイ保護条約と1972年の海洋哺乳類保護法により、ラッコは人間によるほとんどの狩猟から守られた。野生生物当局はラッコが定着していなかった場所へ移植を行いコロニーの再形成の一助となった。最終的にラッコは個体数、分布ともに拡大し、アラスカ南東部氷河海岸フィヨルドで国立公園であるグレーシャー湾へやってきた。
グレーシャー湾は機能上北半球で最も大きな海洋保護域だ。商業毛皮狩猟によりその周辺でラッコが消えてしまった1750年頃まで、グレーシャー湾は氷河に完全に覆われていた。1750年以降、グレーシャー湾は記録史上もっとも早く氷河海岸の後退が起きている。この後退の後、豊かな環境が出現したこの新しい環境により、自然界における天敵がいないラッコのエサとなるカニ、貝類、ウニなどの個体密度が高まり、大きさも数も増加した。
現代においてラッコがグレーシャー湾の入り口に現れたのは1988年頃で、ラッコは広く理想的な生息地と多くのエサとなる生き物を見つけ出した。グレーシャー湾で最初にコロニーが観察されてから20年後、ラッコはグレーシャー湾で最も豊かで広範囲に分布している海洋哺乳類の一つとなった。
バイタルサインとしてのラッコ
ラッコは海洋食物網を劇的に変化させることができるキーストーン頂点捕食者だ。最もよく知られ、食物網の変化の例として研究されているのはラッコとウニ、ケルプの相互関係だ。ウニはケルプを食べる。そしてもし数の調整がなければウニはケルプの森を食べつくしてしまう。ケルプの森が失われてしまうと、ケルプに依存していた海洋生物が被害を被る。ラッコが存在すれば、ウニの数を調整するためケルプの森の破壊を防ぐことができる。
ラッコはキーストーン種捕食者としての役割を果たしているため、米国国立公園局インベントリー・モニタリングプログラムは最近ラッコをバイタルサインモニタリングの候補とした。バイタルサインモニタリングは、「公園の資源の総体的な健全性や状態を表し、ストレス要因としてまた人間にとって重要な価値を持つ要因として知られ、あるいは仮説とされている」(国立公園局ウェブサイトのバイタルサインモニタリングの目標より)ために選ばれた、ある特定の生態系のプロセスを追跡するために使われる。ラッコの個体数や分布をモニターすることにより、国立公園局がグレーシャー湾におけるラッコのコロナイズや沿岸海洋食物網に与える影響を理解する一助とするために必要な情報を与えてくれるのだ。
航空写真
航空調査は1993年以来グレーシャー湾におけるラッコの個体数や分布を分類するために使われてきた。こうした調査は歴史的に調査員がそのエリア上空を飛びラッコを数え、航空機からラッコを数えた場所を記録するという方法に依存していた。こうした航空調査を行うにあたり、難しいことは以下の点だ。
- 安全性と予算の限界によりラッコの調査に利用できるフライトの回数が限定されてしまう。
- 観察が困難なこともあり、数えられないラッコがでてくる。
- ラッコは毎年グレーシャー湾の新しい場所へ定着しているが、実行予算が変わらないにもかかわらず拡大する個体群を記録するには繰り返し調査設計を更新しなければならない。
航空写真はゼニガタアザラシ等他の海洋生物を効果的にモニターする上で便利であるということが分かっている。私たちは最近、ラッコの分布と個体数を推定するため航空写真を使ったフレームワークを発展させ、見つけることが困難なラッコの航空画像を用いてそれをグレーシャー湾でのラッコ調査に適用した。
航空写真はこれまでの調査方法に比べたらより効果的だ。より直接的な航路を用いてより多くのエリアをカバーできるからだ。効果が高まれば調査員の安全性を高め、予算を抑えることができる。また写真は将来参照するためにデータを永久的に記録することができ、個々に実証しまたケルプのような生息地変数の定量化を行うことができる。
このフレームワークにより分布や個体数を推定することができ、同時に階層的なベイズモデル(訳者注:統計学の代表的な方法で、観測した事実から推定したい事柄を確率的に導く方法)を使い確率を見つけることができる。このモデルでは、ラッコの群れの写真を複数枚撮影し、カウントを一時的に複製するものだ。一時的な複製は、補助的なデータに拠らず1枚の写真にいる個々のラッコを見つけ出す可能性を推定するために必要な成功を与えてくれる。私たちの調査設計では有人航空機による航空写真を使うが、規則的、技術的に許可されれば無人航空機システムへ簡単に移行することができる。
動的時空間モデル
グレーシャー湾の新しいエリアにおけるラッコのコロナイズと関連した標本の抽出に伴う困難に対処するため、私たちはグレーシャー湾におけるラッコの移動を予測する動的時空間モデルを発展させた。このモデルを作成するため、まずラッコの個体群の成長と拡散を示す偏微分方程式を使い、数学的なプロセスを発展させた。
偏微分方程式は流体力学や量子力学のような現象を表現するために一般的に使われている。従って、数値ー私たちのケースでは、ラッコの個体群ーが空間軸・時間軸でどのように広がっていくかを表現するために偏微分方程式を用いるのは自然な選択だ。現在のラッコの生態学や行動に関する理解ー生息地の趣向や最高成長率、グレーシャー湾でラッコが最初に目撃された場所を含むーを数学的なモデルに融合させた。
次に私たちは偏微分方程式を階層的統計モデルに融合した。階層的モデルは複雑なプロセスから生じたデータから結論を導き出すために使用される。データの収集や生態学的プロセスにおける不確実性など、不確実性のある様々なソースを表現し区別する上で柔軟性を与えてくれるものだ。偏微分方程式を正式な統計学的モデルに融合することで、推測に関連する不確実性を適切に定量化しつつ、動的生態学的プロセスを信頼性をもって推定、予想することができるのだ。
最適なモニタリング
データは通常、適合するモデルに依存することなく集められる。また、特定の科学的調査の分析に最適な空間的、一時的な場所で標本を採取されることはめったにない。従ってデータの場所やタイミングは根本的な科学的メカニズムとはほとんど関係がない可能性がある。標本収集の設計はモデルに依存せず発展されるが(私たちがしばしばモデルの中に見出そうとする生態力学を無視して)、十分ではなく、生態学的プロセスの基本的な空間的、一時的、時空間変化性を捉えることができない。
最適な標本収集設計を利用することで、標本収集設計と統計学的モデリングを正式にリンクさせると以下のようなものを得られる。
- 標本の有効性の増加
- 正確なパラメータの推定
- 予想の不確実性の減少
こうしたものは全て野生生物調査や管理において非常に重要だ。
財源によりデータを収集するための努力に制限があるため、これまでの設計ベースで推論されたものは管理や保全を行うにあたり十分性格ではない推定を導く可能性がある。最適な動的調査設計により、手ごろに集められたデータから最大限の情報を得られ、財源が制限され減らされたとしても、私たちの生態系システムへの理解を助けてくれるだろう。
私たちのモデルから得た統計的予想を用いて、ラッコの動的時空間コロナイズを最適にモニターするフレームワークを発展させた。よく知っている場所への努力を軽減しつつ予想に不確実性の多い場所に力を集中することで、最適なモニタリングは対象になる種の分布や個体数を推定するための標本採集の有効性を高めることになる。より多くの調査が行われると追加のデータが加わる。追加のデータを得られるとモデル予想の評価に役立ち、時間軸における分布や個体数の予想を改良することができる。
現代的な統計学的技術と航空写真に基づく調査を組み合わせることで、安全性を最大限に高めコストを最低限に抑えつつ、ラッコの生態学や動的コロナイズを学びモニタリングにおける有効なプロトコルを設計するための結合力のある科学的フレームワークを得ることができる。ここで述べてきたこうしたモデリング手法、モニタリング手法は2017年にグレーシャー湾で最初に実施された。これらの手法は、ラッコ生態学の研究やグレーシャー湾国立公園における長期的なバイタルサインモニタリングに引き続き使用されることになる。
Methods in Ecology and Evolution Blog
Monitoring the
Distribution and Abundance of Sea Otters
September 26, 2017
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