本日はアメリカ生態学会のジャーナル(学術誌)Ecology誌2017年10月号から、"Serendipity in a salt marsh: detecting frequent sea otter haul outs in a marsh ecosystem"をお届けします。以前、ボランティアの記事(【記事】ラッコの楽園:ボランティアが変えるラッコ研究 | OtterEden :How two volunteers changed our understanding of sea otters)でご紹介したボランティアのロン・イービーさんらがついに学術誌に発表された論文です。学者ではない一般のボランティアがこうして論文を発表できるというのは本当にすごいことだと思います。
ラッコの生活は危険だ。海洋哺乳類の中で最も小さいラッコは密度の高い体毛を持つが、皮下脂肪を持たないため、体温を維持し代謝コストの収支を合わせるため大量のカロリーを日々摂取しなければならない(Morrison et al. 1974, Yeates et al. 2007)。カリフォルニアラッコ (Enhydra lutris nereis)が回復しつつある生息域の中央近くのカリフォルニア州モントレー湾のような開けた海岸線沿いのような場所では、特に自分だけでなく子どものカロリー需要を満たさねばならない子育て中の母親にとっては、飢えは珍しいことではない(Thometz et al. 2014)。代謝の損益計算書がマイナスにならないよう助けてくれるものならどんなものでも、ラッコが生き延びていくための助けとなる。
ホールアウト、即ち沿岸の海を離れ海岸で休む行動は、ラッコにとって大きな利益となる。水泳をする人なら知っているように、空気中よりも水中のほうが体温が早く失われる。アラスカ、特にアリューシャン列島では、アラスカラッコは定期的に、時には多数でホールアウトする(Riedman and Estes 1990)。しかし、カリフォルニアではカリフォルニアラッコがホールアウトするところはほとんど見られず、人目につかない場所で夜間ホールアウトすることがほとんどで(Faurot 1985)、野生のラッコのホールアウト行動についての長期に渡る観察研究は行われていなかった。ラッコに埋め込まれた温度ロガー(訳者注:自動記録器)から間接的にホールアウトの証拠が収集されてきた。気温はカリフォルニア沿岸の海よりかなり温かいからだ(Tinker et al.
2013)。この間接的な証拠は、外洋のラッコはめったにホールアウトしない(モントレーでは時間の4.1%、ビッグサー海岸沿いでは時間の0.4%)ことを示している。
私たちは回復しつつあるカリフォルニアラッコの生息域中にあるエルクホーン湿地帯のラッコが、守られた塩性湿地帯で長時間にわたりホールアウトすることを発見した(図 1)。エルクホーン湿地帯のラッコは、日中でもホールアウトする。この行動はその日の潮の満ち引きにより引き起こされる。ラッコは満潮時に水が満ちた水路へ入り、潮が引くまで湿地で休む。私たちの知るところでは、これはラッコの生息域において湿地帯を使ったホールアウトをするラッコに関する初めての報告である。生態学的な驚きの多くがそうであるように(Doak et al. 2008)、ラッコが塩性湿地帯において広範囲にホールアウトしていたという私たちの発見は、偶然の産物だった。実際、偶然の発見の役割については、一人の主導的なラッコ生態学者による最近の回顧録で強調されている (Estes 2016)。私たちは、近隣の復旧プロジェクト(訳者注:エルクホーン・スルー基金は隣接するサンドヒルファームという土地を購入し、畑だった場所を自然な状態に戻すため、土壌中の不要物などを取り除く工事を行っていた)により海洋哺乳類への邪魔がないことを確認し、広範囲に塩性湿地帯及び潮間帯水路のモニターを開始した。終日観察をする必要があったため、工事をしている時間帯は、近くの丘で湿地帯や水路、復旧現場を広く観察することができる場所を見つけた(図2)。これが、ラッコの行動に関する私たちの一般的な考え方を大きく変えるものになることが判明した。船や足で塩性湿地帯生態系のラッコに近づくと、ラッコたちはたちまち散り散りに逃げてしまう。しかし、丘から望遠鏡で見下ろすと、邪魔を受けないラッコの行動を観察することができた。
復旧プロジェクトが完成すると、市民科学者によるチームは近隣の丘から塩性湿地帯生態系のモニターを集中的に継続した。私たちが観察したのは、ラッコが3分の1の時間をこの潮間帯水路のネットワークの中で、湿地帯にホールアウトして過ごしていることだった。ホールアウトしている時間のほとんどは休むことに費やされ、ホールアウトする時間の最初と最後に僅かにグルーミングを行う程度だった。
私たちは時々、縄張りを持ったオスが1頭でホールアウトしているのを観察する。約6頭から、12頭ほどのメスのグループが一緒にホールアウトしているのをよく見る。水路に頻繁にいるのは子どもを連れた母親ラッコで、これはこのエリアが重要な子育て場所だということを示している。私たちは丘の上から出産を目撃したことがあり、またリモートカメラで生まれたばかりの子どもを複数記録している。母親ラッコは子どもを浜へ連れてくるが、少し大きな子どもは自力で浜に上がることができる。母親はホールアウト時に子どもにグルーミングをしたり乳を与えたりするが、ほとんどの時間は子どもと休んで過ごしている。
エルクホーン湿地帯は、カリフォルニアラッコが広範囲にわたって再入植した最初の河口域であるため、そこで見られるホールアウト行動が、典型的なラッコの歴史的な塩性湿地の利用法かどうかは知ることができない。エルクホーン湿地愛は、1980年代半ば、定住していないオスのグループによりコロニーが形成された。1990年代中がごろまでには、メスと子どももよく見られるようになり、河口域に住むラッコの数は着実に増加していった。次の大きな河口域は南のモロ湾で、塩性湿地から離れた河口域のラッコにより使用されている。ラッコは河口域へ移動しているように思われるため、私たちは間もなくそこでラッコが塩性湿地を利用する2番目の例を得ることができるだろう。歴史的にはラッコは確実に塩性湿地を利用しており(Ogden 1941)、サンフランシスコ湾はラッコ猟が集中的に行われたため、絶滅を招いてしまった。初期の記録ではラッコが河口域でホールアウトしていたと述べていたが、湿地帯でホールアウトしていたのか他の生息地でホールアウトしていたのかは特定していない(Ogden 1941)。有史時代、あるいは先史時代ですらもラッコ猟の圧力が結果的に日中にホールアウトする行動を警戒することになった。こうした圧力は様々な法的保護(例:海洋哺乳類保護法)により取り除かれているため、学んだ行動として、あるいはラッコ猟の終了後ホールアウトに対する自然選択の緊張が緩まったため、湿地帯における日中のホールアウトは増加している。
私たちが塩性湿地で驚くほど頻繁にラッコのホールアウトを目撃する原因は何なのだろうか。そうしたことに関係する容易に気が付く要素がある。ラッコが通常岩の多い入り江に隠れ、人間が観察するには視線があまり良くない外海に比べ、河口域の生息地はこうした行動がより目につきやすい (Faurot 1985)。岩の多い潮間帯に比べ、直接潮間帯の浜を見ることができる丘が多いからだ。
しかし、ホールアウトが見やすいからだけではなく、近隣の外海の生息域に比べ、湿地帯では日中のホールアウトは実際によく行われている。私たちは、カリフォルニア中央部の外海沿岸のラッコの平均の報告値よりも、エルクホーン湿地帯でホールアウトしている時間が長いと推定した(Tinker et al. 2013)。これは単純に、エサ場近くに理想的なホールアウト環境があるからではないかとの仮説を立てた。ラッコは起伏の少ない、砕ける波から守られた場所にホールアウトすることを好み(Faurot 1985)、実際にエルクホーン湿地帯の潮間帯水路や塩性湿地生態系全体がそのような場所を提供している。外海ではラッコがエサをとるケルプの森近くには守られた、アクセス可能なホールアウト場がない。この仮説を裏付けるものとして、ラッコとアザラシが外海では共に同じポケットビーチ(訳者注:両端が岬や岩などで挟まれた小さな砂浜)や平坦な岩棚で休む傾向がある (Faurot 1985)のに対し、エルクホーン湿地帯では塩性湿地の別々の場所でホールアウトすることを発見した。湿地帯が広大な土地であることが離れた場所で休むことの理由となっているが、外界では利用機会が限られているため、一緒にホールアウトするのだ。この仮説が正しければ将来的にラッコが他の塩性湿地帯にコロニーを形成することがあれば、同様に長時間ホールアウトする機会が与えられ、その結果エルクホーン湿地帯のように体温を維持する恩恵を受けられるだろう。
エルクホーン湿地帯の塩性湿地でホールアウトが頻繁に観察される第二の仮説は、人間による妨害レベルが低いことだ。アラスカでは、オオカミやクマによる捕食が実際にリスクをもたらす本土エリアよりも離れた島々でより一般的にホールアウトが行われる。、人間が頻繁に現れるようになると本土エリアはラッコのホールアウトが減った(Riedman and Estes 1990)。カリフォルニアでは沿岸部にオオカミやクマはいないが、外海の多くの部分には人間やイヌが頻繁に往来する。例えば、モントレー半島にはケルプの森近くに隠れたポケットビーチがいくつかあり、ラッコのホールアウト場所として使用されているが、ほとんどは人間が来ない暗い時間に限られている(Faurot 1985)。対照的にエルクホーン湿地帯の塩性湿地はアクセスが非常に困難で、また大きくは海洋保護域であるため、人間がやってくることがほとんどない。従って、日中のホールアウトが頻繁であることは人間による妨害のレベルが低いことと直接関係している可能性がある。この仮説は、ホールアウトするラッコの最高数が、一般人は立入禁止となっているエルクホーン・スルー・ナショナル・エスチュアリン・リザーブ保護区の塩性湿地で見られるという私たちの観察で裏付けできる。私たちの観察では、日中、別の河口域の潮間帯水路でホールアウトするラッコの数が非常に少ないが、それはこうした水路にカヤックが多いためである。従って、塩性湿地でホールアウトすることにより代謝上有利になることは、人間の妨害が禁止されている安全空域でのみ達成可能なのである。将来的に他の塩性湿地生態系にラッコが移り住んでいけば、ラッコが日中ホールアウトする恩恵を受けられるよう、一部のエリアで人間のアクセスを制限することを考慮に入れるのが賢明だろう。
エルクホーン湿地帯と近隣の外海においてホールアウトの頻度が異なるという最後の仮説は、そうした違いは河口域におけるラッコの個体密度の高さの機能によるものだということだ。アラスカではラッコは頻繁に集団でホールアウトする (Riedman and Estes 1990)。陸上にいる際はラッコは動きが遅くぎこちなく、捕食者に対して脆弱なため、近づきつつある危険を察知するために耳を澄ましている者が多ければ集団でホールアウトする利点があるのだと思われる。モスランディングハーバーエリアのエルクホーン湿地帯入り口近くでは縄張りを持たないオスの密度が高いが、このラッコたちは多数で一緒に浜でホールアウトする(Maldini et al. 2012)。私たちが観察に多くの時間を割いている入り組んだ塩性湿地水路ではメスが集団でホールアウトしており、恐らくこの「大勢でいれば安心」というのはこの河口域生息地がカリフォルニアラッコの生息域で最も子連れのメスの密度が高い場所であるため可能なのだろう。しかし、河口域の様々な潮間帯水路で縄張りを持つオスが一人でホールアウトしているのも観察している。従って、「大勢でいれば安心」仮説はラッコのホールアウト行動を説明することができない。私たちが発展させてきたこれた3つの仮説は相互排他的なものではなく、将来的な研究により、ホールアウトの頻度と相関関係のある複数の要因を裏付けるものを発見できるかもしれない。
現在まで、研究者が野生のラッコがホールアウトする様子ろ広範囲で観察する機会は少なかった。私たちはエルクホーン湿地帯のラッコがホールアウトする場所近くにカメラを設置した(注1 )。これらのカメラによるリアルタイムの映像は実数年間1万もの人々が視聴しており、ラだけでなくラッコが住む塩性湿地生態系への市民による支援を形成している。殆ど知られていなかった行動が突然簡単に観察できるようになった。将来的な研究では、塩性湿地生態系を、ホールアウト行動のコンテキスト依存性および条件依存性を調査するためのプラットフォームとして利用することができるかもしれない。例えば、私たちの観察によると天気や潮位、性別や繁殖期がホールアウトの可能性に影響を及ぼす。従って、塩性湿地生態系がラッコにとって冷たい海にいるよりホールアウトして休む場所を与えるだけでなく、研究者らにもホールアウト行動を調査する新しい機会を与えてくれるのだ。
注1 http://www.elkhornslough.org/ottercam/
謝辞
アラスカおよびカリフォルニアにおけるラッコのホールアウト行動について快く意見や経験を分かち合ってくれた以下のラッコ研究者に感謝申し上げる。G. エスリンガー、 J.エステス、 J. トモレオニ、 D.モンソン、 T.ニコルソン、 M. ステッドラー、G. ベントール。私たちの実地観察はホールアウト行動を研究した保護河口域を含むエルクホーン・スルー・ナショナル・エスチュアリン・リザーブ保護区でボランティアを行っている、名前を挙げるには多すぎるほどの献身的な市民科学者の支えにより成り立っている。
RON EBY
Elkhorn Slough National Estuarine Research Reserve
1700 Elkhorn Road
Royal Oaks, California 95076 USA
ROBERT SCOLES
Elkhorn Slough National Estuarine Research Reserve
1700 Elkhorn Road
Royal Oaks, California 95076 USA
BRENT BANCROFT HUGHES
Ecology and Evolutionary Biology
University of California, Santa Cruz
Santa Cruz, California 95064 USA and
Nicholas School of the Environment
Duke University
Beaufort, North Carolina 27710 USA
KERSTIN WASSON
Elkhorn Slough National Estuarine Research Reserve
1700 Elkhorn Road
Royal Oaks, California 95076 USA and
Ecology and Evolutionary Biology
University of California, Santa Cruz
Santa Cruz, California 95064 USA
E-mail: kerstin.wasson@gmail.com
Manuscript received 28 April 2017; revised 8 June 2017;
accepted 10 July 2017. Corresponding Editor: John Pastor.
The Literature Cited may be found in the online version of
this article at http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.1965/
suppinfo
Appendix S1
参考文献
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Ecology, Volume 98 Issue 10
Serendipity in a salt marsh: detecting frequent sea otter haul outs in a marsh ecosystem
September 28, 2017
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