【記事】ラッコが藻類から海草を守る | Sea Otters: Your Defence Against The Algal Apocalypse

本日は2016年8月26日付のNational Geographicから、"Sea Otters: Your Defence Against The Algal Apocalypse"をお届けします。ラッコがケルプの森の生態系の健全性の維持に大きな役割を果たしていることは知られていますが、湿地帯における海草の生態系においても同様の影響力を持っています。ラッコ的にはただ食べているだけなのですが、それでもラッコがいなければ崩壊してしまうような状態を豊かな生態系に変えてしまう魔法のような影響力を持っています。

CREDIT: MIKE BAIRD

農場の肥料であれ都市部からの排水であれ、人間が栄養分を海に排出すれば、通常その結果は予測可能だ。窒素やリンの流入はすぐにありがた迷惑なものになってしまう。藻類の繁殖を促し水中に生息する植物に日光が届かなくなってしまい、毒性物質を食物網に取り入れ、水から酸素を取り除いてしまう。このプロセスは富栄養化と呼ばれ、透き通った豊かな沿岸の水を、緑色のどろどろした息もできない水へと変貌させてしまうのだ。

 

しかし、エルクホーン湿地帯は違う。カリフォルニアにあるこの巨大な河口域は農地に囲まれ、100年前の150倍もの窒素肥料が流れ込んでいる。藻類でいっぱいになっているはずだが、実際は豊かな海洋保護区になっている。海鳥の群れが水の上を行き交い、その下では豊かな海草の草原が育っている。

 

このエリアは、破滅的な藻類の増殖を引き起こす過剰な栄養分に対抗する防御システムを持っている。富栄養化に対する生きたワクチンだ。そして非常に愛らしい。―それがラッコだ。

 

50年にわたる歴史的なデータを研究し、ラッコがいるエリアといないエリアを比較することで、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のブレント・ヒューズはこの愛らしい動物が海草の草原を守り湾内のアオコ(藻類の大発生)を留めるという、生態系における連鎖反応を引き起こしていることを示した。

 

ラッコは海に住む大型のイタチ科の動物で、その世界で最も密な毛皮のために19世紀と20世紀に乱獲されてしまった。絶滅の危機に瀕したが、ラッコ猟の禁止と保全活動の努力が実を結び、健全なレベル(とはいえ絶滅危惧種ではある)の個体数が回復した。ラッコはエルクホーン湿地帯を含む太平洋沿岸北西部の幾つかの場所で繁栄している。

 

ラッコがいない間、エルクホーン湿地帯の栄養素のレベルは1970年代の倍になり、その結果海草が消滅してしまった。いなくなって100年後、ラッコがエルクホーン湿地帯に戻って来た時には海草は低いレベルだった。それから海草の運命は逆転した。栄養分が湿地帯に引き続き流れ込んでいるにも関わらず、海草の草原は今や7倍の広さになった。

Sea otter, by Mike Baird.
Sea otter, by Mike Baird.

ヒューズはその理由を発見した。ラッコは海底からカニや貝類、その他の獲物を掴み、水面で石をハンマー、お腹を金床がわりに使ってその獲物を開けて食べる。そのため、研究者らはラッコが何を食べているのか記録することが容易だ。ヒューズは数十年分のデータを用い、エルクホーン湿地帯のラッコたちはカニをよく食べることを示した。「ここのラッコたちがフットボールのフィールド7つ分の広さのエリアで年間40万匹ものカニを取り除いていると私たちは見積もっています」とヒューズは言う。「その影響は莫大で、そのカスケードが海草に影響を及ぼしているのです」

 

カニはウミウシ類や等脚類などの藻類を食べる生物をエサとする。従って、ラッコはカニを食べることで意図的ではないにせよウミウシ類や等脚類を守ることになり、そうしたウミウシ類や等脚類が海草に付着する藻類を食べて海草を守るのである。この複雑な4レベルの食物連鎖(もしくは「栄養カスケード」)がエルクホーン湿地帯を現在の健全な状態に保っているのだ。

 

ラッコがいなくなってしまうとどうなるか、下の動画を見てみていただきたい。動画の前半部分はエルクホーン湿地帯の海草の様子だ。「海草の表面にははほぼ藻類が発生していません。大きなウミウシが藻類を食べているのがはっきりわかります」とヒューズは言う。

 

動画の後半は近くのトマレス湾で、流入する栄養分ははるかに低いレベルだがラッコはほとんど、実際は全く生息していない。「海草は比較すると不健康に見えます。茶色っぽく、藻類に覆われ、倒れています」とヒューズは言う。「カニの個体数は4倍で、エルクホーン湿地帯にいるものより30%も大きいのです」(これは、ざっくり言ってラッコが戻って来る前のエルクホーン湿地帯の様子と似ている)

 

2つの場所の違いにラッコが本当に関係しているのかを調べるため、ヒューズはシミュレーションを行った。湿地帯の小さなエリアを幾つか囲み、決まった量の海草とウミウシ類と等脚類を用意した。それからラッコがいる場合に見られる小さなカニと、ラッコがいない場合に見られる大きなカニをそれぞれの囲いに入れた。大きなカニは実際より多くのウミウシ類や等脚類を食べ、藻類は増え海草は減った。

 

ラッコはその食物網においてはほぼ最上位に位置し、ラッコが他のその地域の生物たちに大きなトップダウンの影響を与えることは驚くことではない。1970年の象徴的な研究において、ジェームス・エステス博士はラッコをキーストーン種(つまりその数と比べて不釣合いなほど影響力のある種)の古典的な例として確立した。ラッコはウニを食べることでケルプの森を魔追っている。そうしなければ、ウニはケルプの森を食べ尽くしてしまう。ラッコがいれば、水面下のジャングルのような、うねる緑のケルプを見ることができる。ラッコがいなければ、丸裸の「ウニ砂漠」になるだけだ。

 

「ここにおける本当に興味深い発見は、ラッコが富栄養化に対抗する影響力を持っているということです」とエステスは言う。つまり、ラッコのトップダウンの影響は湿地帯に流れ込む栄養分のボトムアップの影響をゼロにするほど強いものなのだ。

 

世界中の海草棚の減少や塩性湿地やケルプの森のような沿岸生息域の喪失を説明する際に、研究者らが取り組むのはボトムアップの影響だ。しかし、ヒューズの研究はラッコのような頂点捕食者の喪失もまた関係しているということを示している。それは、もっと重要かもしれない。通常は富栄養化になるような状況下においても、ラッコがいれば海草も健全になることができるのだ。

 

この研究はより大きな意味を持っているとヒューズは言う。ラッコが地元の漁業と競争になるという理由で、ラッコは昨年の冬まで南カリフォルニアへの出入りを禁じられていた。この禁止が解除されて以来、ラッコはかつての生息域であるメキシコのバハ・カリフォルニアまで、その生息域を自由に広げることができることとなった。それに伴い、南部の河口域にある海草棚は回復できるかもしれない。「この研究結果は、ラッコが再び河口域に生息するようになればどのようなことが期待できるか、地域の管理者により良い情報を得られるでしょう」とヒューズは言う。

 

ラッコは私たちがまだ知らない、良い影響をもたらしているかもしれない。「ラッコはケルプに住む捕食者と考えられていますが、この論文はこうしたことがまた海草の食物網においても当てはまるということを示しています。ラッコは他にどんなところへ広がっていけるでしょう?湿地帯?そう考えるだけで胸が躍ります」とデューク大学のブライアン・シリマンは言う。

 

参考文献: Hughes, Eby, van Dyke, Tinker, Marks, Johnson & Wasson. 2013. Recovery of a top predator mediates negative eutrophic effects on seagrass. PNAS http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1302805110

National Geographic

Sea Otters: Your Defence Against The Algal Apocalypse

POSTED MON, 08/26/2013