本日は、2015年7月20日付のHakai
Magazineから"The Quest for an Archaeology of Sea Otter Tool
Use"をお届けします。ラッコは石を使って貝を開けることが知られていますが、すべてのラッコが道具を使うわけではありません。またラッコは海に進出した数百万年前から道具を使っていたという説もあります。非常に興味深い記事です。
ラッコが道具を使うようになった起源
他の動物と異なり、なぜラッコだけが道具を使うエキスパートになったのか
生物学者たちが探究中
ラッコが石を持ち上げた。その重さで前足の筋肉が緊張している。一息でそのラッコは石を振り下ろした。一度、二度。カキン!巻貝の身が、殻から外れてきらりと光る。ラッコはその身をすくい、むさぼり食べる。子どもの頃、このラッコは母親から石を道具として使う方法を習った。母親も同じように、その母親から習った。そのまた母親も、同じだ。この技術は、何年もかかって洗練され、非常に硬い巻貝の殻でさえも割ることができる。俊敏な体をよじらせ、ラッコはひらりと水に潜った。海は、石や貝の殻や食べた痕跡を全て洗い流す。
ラッコに関する考古学は束の間のものだ。ラッコが先祖代々、どのように石をハンマーもしくはハンマー台として使うようになったか、またどのようにそれを共有してきたかを示す物質的な記録は存在しない。しかし、今日、個々のラッコがどのように道具を使うか、また個体群によって道具の使用についてどのように異なっているかについて新しい発見があり、生物学者の間で話題になっている。種の違いを越えて垣間見ることができるものとして、この発見に魅了されている霊長類考古学者たちもいる。
「地球上で石をつかって食べ物を開ける動物というのはそう多くありません」と英国オックスフォード大学の動物学者でチンパンジーにおける文化の出現を研究しているドラ・バイロは言う。少し間をおいてそんなエリートのグループのメンバーを挙げた。チンパンジー、ヒト、カニクイザル、オマキザル、そしてラッコ。「ああ、それからエジプトハゲワシも石を拾って落とし、ダチョウの卵を割りますね」と言う。「道具を使うこと自体、非常に稀なことです。ラッコのように石を拾ってものに打ち付けるという技術を持つ動物というとさらに稀です」
バイロとその同僚たちはどのような状況で動物たちが石を繰り返しぶつける技術を獲得するのかを研究している。道具として石を利用する技術は、霊長類学者には興味深い。ヒトが道具を使い始めたというもっとも古い現存する証拠になるからだ。「道具を使うことでヒトはこれほどまでに地上を支配することができたのです」とバイロは言う。「だから、人類の進化の歴史において、道具を使えるということは非常に重要なのです」
石を道具として使う能力は生まれつき備わったものではない。オマキザルは石を使ってナッツ類を開ける唯一のサルで、その技術を完成するまでに3年かかると言われている。ラッコも同様だ。幼獣は子どもの頃母親から道具の使い方を学ぶが、獲物を効果的に開けるための技術を発達させるのには時間がかかる。
しかしそれは言うほど単純なことではない。「餌がなくても、幼獣が胸の上で叩くようなしぐさを見せることがあります。そのため、そうした動作は本能のようにも見えます」とカリフォルニア州モントレーベイ水族館のラッコ研究者、ジェシカ・フジイは説明する。しかし、成獣(およそ3歳)になるまでに道具を使うようになるラッコは僅かにすぎない。「大人になるまでに道具を使うことがなければ、ずっと道具を使うことはなく、その後の年齢においては違いがないようです」とカリフォルニア州のアメリカ地質調査所・西部環境研究センターのティム・ティンカーは言う。従って、もしラッコが道具を使うようになるとすれば、間違いなくそのラッコは成獣の年齢に達するまでに道具の使い方を習得しているということになります」
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フジイとその同僚たちは17年間にわたり南カリフォルニアからアラスカ南西部のアリューシャン列島にかけての8つの個体群について採餌と道具の使用の観察データを集め、道具の使用頻度について明らかな違いがあることを発見した。2つの亜種がこの研究の対象になっている。アリューシャン列島からワシントン州にかけて生息するアラスカラッコ(Enhydra lutris
kenyoni)、そしてサンフランシスコの南からサンタバーバラの北部と西部にかけて生息するカリフォルニアラッコ(Enhydra lutris nereis )だ。
カリフォルニアラッコはアラスカラッコに比べて道具を使う傾向がずっと強い。成功潜水(潜って餌を獲ることができること)を観察した際、カリフォルニア州モントレーのラッコは成功潜水のうち16%に対して道具を使っていたことが分かった。それに比べてアラスカ州アリューシャン列島アムチトカ島のアラスカラッコは、成功潜水のうち道具を使ったものはわずか1%だった。しかしフジイの研究は単に亜種間の道具の使用の違いを示しているわけではない。アラスカの他の個体群では、アリューシャン列島のラッコに比べて道具を使う傾向が非常に強い。例えばアラスカ南東部のグレーシャー湾のアラスカラッコは成功潜水のうち10%が道具を使用していたのだ。
ラッコが道具を使うようになるかどうかを決める需要な要素は、その食習慣にある。ケルプの森の生息域にある岩礁では、ラッコたちはウニを食べる傾向がある。ラッコはすぐにウニのトゲを両手で押しのける。そして殻に齧りつき、中身をすする。「ウニを食べるスペシャリスト」であるラッコは、ウニを開けるのに道具は使わない。「恐らくアリューシャン列島で道具を使うラッコをほとんど見かけないのはそのためでしょう」とフジイは言う。「そこでは、ラッコの食べ物の75%をウニが占めているからです」
一方、厚い殻を持つ貝を道具を使って開けている「貝を食べるスペシャリスト」であるラッコは、そうした道具を自分が食べる全てのエサに対して使う傾向がある。たとえそのエサが、他のラッコが道具を使わずに食べるウニなどのエサであってもだ。「『ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える』ということわざがあるでしょう。道具を使うラッコにとって、自分が持っている道具が石だけであれば、そのラッコにとっては全てが貝のように見えるのでしょう」とティンカーは言う。
単純に、確定的な言葉で言うなら、もし道具を使うことでターバンスネイル(巻貝の一種)を食べる効率が上がるなら、エサの30%はターバンスネイルになり、エサの30%がターバンスネイルであるラッコは全て、食べる時間の30%は道具を使っていることになる。「しかし、必ずしもそうではありません」とティンカーは言う。「その個体群の食生活におけるエサのタイプの量で直線的に増えるということではありません」
ティンカーが説明するように、道具の使用は、社会的学習が起こるという点においてより複雑になる。「もしあなたがカリフォルニアの若いラッコだとして、ターバンスネイルを食べており、道具を使う「巻貝のスペシャリスト」のラッコたちに囲まれていれば、道具の使い方を学ぶ傾向はずっと高くなるでしょう。とティンカーは説明する。「しかし、たまたまアラスカ南西部の若いラッコで、巻貝を食べているとしても、周りで泳いでいる他のラッコたちがウニを食べ道具を使わなければ、たとえカリフォルニアのラッコと同じ量の巻貝を食べるとしても自分で道具を使うようになる傾向はずっと低くなります」
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ラッコは発明したり即興で考えるという印象深い能力を見せる。「ラッコがカニのツメをもぎ取り、それを使ってカニの本体の殻をこじ開けようとするように」そうティンカーは言う。 モントレー湾の港にいるラッコで例えば船の船体やステップに貝などを打ち付けるものもいる。エサを採る独創的な技術は、母親と子どものラッコのレベルにはとどまらない。その地域に生息する多くのラッコたちの間に広がることもある。
ティンカーが1990年代初めアムチトカ島でラッコの観察をしていた時、ゴッコ(ダンゴウオ科の魚)が海岸に近い浅瀬に大挙してやってきた。これらの奇妙な球形の魚は腹部に吸着盤を持ち、通常生涯のほとんどを外洋で過ごす。産卵周期は予測不可能で、何十年も沿岸部に現れないと思ったら突然産卵に現れたりする。「1950年代以降、誰もこの魚を見た記録がないのです」ティンカーは、そこにいたラッコは50年代生まれてはいなかったので、おそらくラッコたちがその魚を見たのは初めてだったと思うと説明した。
ゴッコは巣を作って卵を守る。オスが吸着盤で石にくっつき、メスがそこに卵を産み、卵を守る。他の魚から卵を守るという点では良い方法だが、オスがくっついている石をラッコが拾ってしまったらそれは良いとは言えない。「始め、ゴッコがくっついていることに気が付いたラッコは数頭に過ぎませんでした。しかし、それは山火事のようにラッコたちに広まっていったのです」とティンカー言う。「ゴッコは2月から4月にかけて現れ始めましたが、すべてのラッコがその魚を食べていたのです。ラッコが食べるもののほとんどがその魚で占められていました。わたしは、あるラッコが、別のラッコが口に魚を入れて通り過ぎるのを初めて見てから、その魚を2匹とったのを実際に目撃しました」ティンカーは微笑んで言う。「コメディ映画を見ているようでした」これらのラッコは単に母親だけから学ぶのではなく、その個体群の他のラッコからも学んでいるようだった。
こうした複雑な部分を別にしても、アラスカ州のアリューシャン列島の西側からプリンス・ウィリアム湾付近、カナダのブリティッシュコロンビア州、ワシントン州、カリフォルニア州にかけての全ての生息域において、似たエサを食べるラッコについて道具の使用が発生するということは、ラッコが非常に長い間道具を使ってきたということを示している。「石をハンマーとして使うか、ハンマー台として使うかに違いはありません」とティンカーは言う。「道具を使うかどうか、どのエサに対して道具を使うかということは、生息域全てにおいて一致しています」しかし、それがラッコが海洋環境に初めてやってきた500万年から700万年前までさかのぼることができるかは分かっていない。しかし、霊長類の祖先を研究することで予想できる確かな証拠でなくても、考古学的な記録物にそのヒントが見つかるかもしれない。
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道具を使う霊長類は、食べ物をある場所に持ってきてその場所と道具を繰り返し使う。2007年の研究で、コートジボワールにあるタイ国立公園で活動していた考古学者たちが、4,300年前にチンパンジーが木の実を開けるのに使っていた道具が発見されたという驚くべき発表を行った。その道具の使われ方やすり減り方のパターンが現代のチンパンジーが木の実を開ける際に使う道具と一致しており、200世代以上にわたってこの行動が受け継がれてきたことを示している。その祖先たちの物語が、かつて使われていた石に残っている。しかし、残念なことにラッコの道具の記録というのは実質的に見つけるのが難しい。ラッコはお気に入りの石を脇のポケットに入れて何度も使うと一般的に信じられているが、そうではない。「ラッコは石を使いますが、その後捨ててしまいます。海底にあるその他の数多の石と同じになるのです」とフジイは言う。
しかし、もっとなじみ深いものーラッコの歯や骨ーからラッコの道具の使用についての考古学をつなぎ合わせることができるかもしれない。ラッコの歯は歯を覆うエナメル質の微細な構造のおかげで、欠けることに関しては人間の歯の2.5倍強い。としても、石のように硬い貝の殻には適さない。「ラッコにとって、歯だけでターバンスネイルを食べるのは難しいだけでなく、自殺行為です」とティンカーは言う。「あっという間に歯がかけてしまうでしょう」
参考記事 【記事】ラッコの歯のエナメル質は人間の2.5倍の強さ | Researchers find sea otter dental enamel 2.5 times as strong as humans |
ティンカーはラッコ考古学に関する疑問が推論的な性質を持つものであることを強調しつつも、間接的な推論がその疑問への唯一のアプローチであることには同意している。何故なら、ラッコは他の道具を使う動物とは異なり、ラッコの道具の使い方は道具そのものに何の痕跡も残さないからだ。「そこには明らかに選択的な力が作用しています。100万年前、もしラッコが厚い殻の巻貝を食べており、当時のラッコの歯が今のラッコと変わっていないとしたら、道具を使っていなかった場合どうやって歯を欠けさせることなくその巻貝をこじ開けて食べていたのか、想像もつきません」とティンカーは言う。「だから、もし、考古学的な痕跡の中でラッコがある程度の年齢まで生きており、巻貝を食べていたとしたら、それはもう当然道具を使っていたと考えることができます」
ラッコが過去にターバンスネイルを食べていたかどうかを知る鍵が、チャネル諸島にある。チャネル諸島は南カリフォルニア沿岸の遺跡で、1万年以上人が住んでいた文化的歴史の豊かな島だ。アメリカ先住民の一つチュマシュ族の一部の文明を1,000以上もある貝塚に見ることができる。貝塚は時代を刻むきれいな層状になっているものもあり、ホリネズミや他の外的な力によって掻き混ぜられた形跡がない。「この地層が見つかり、時代を遡って詳細に分析することが可能になりました」とカリフォルニア州立大学サンディエゴ校の考古学者トッド・ブラジェが言う。
ラッコの歯や骨がこうした地層から見つかる。少なくとも9,000年前に遡る。その島の馳走のほとんどは、ブラックターバンスネイルで占められていた。当時のターバンスネイルの殻が今日のターバンスネイルの殻と同じくらい硬くて開けづらかったという証拠を、チュマシュ族が作った道具に見ることができる。「『ターバンスネイル潰し』を見つけました」ブラジェは、チュマシュ族が巻貝を茹でる前にある種のハンマー台を殻を開けるのに使用していたと説明した。
数年のうちに、バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学の考古学者ポール・シュパクは、チャネル諸島の堆積物から発見されたラッコの骨の同位体組成を調べる予定だ。同位体データは、骨の中のある種の安定同位元素と化学物質の分布を明らかにし、このラッコが食べていた様々なエサのタイプや比率に光を当てる。
ニューメキシコ大学の動物環境学者セス・ニューサムは人類がチャネル諸島に来るずっと前、あるいはひょっとして人類が北米にやってくるずっと前から、ラッコはターバンスネイルを食べるのに道具を使っていたと断言する。「チャネル諸島における人類の歴史はわずか1万1000年から1万2000年です。北米においては2万年近いです。そんな時間も、ラッコの歴史にとってはほんの一瞬の間です」とニューサムは言う。
ニューサムはラッコはラッコが歴史に登場して以来道具を使ってきたのではないかと考えている。「ラッコは海で何万年も暮らしてきました。からだが小さく、冷たい海に生息しています。だからラッコは常に食べていなければなりません」と説明する。「そのため、大量の硬い殻の無脊椎動物を効果的に取り斬新で魅力的な方法で殻を外す方法を進化させたのです。恐らくラッコは、沿岸部に進出してきた当初から道具の使用を進化させてきたのではないかと考えられます」
ラッコの道具の使用についての考古学のピースを繋ぎ合わせる努力はまだ始まったばかりだ。考古学者が研究する踊りや歌やその他の行為と同様、石を殻にぶつけるという行動も形として残らない。ラッコがその歴史の初期に石を拾い巻貝をぶつけて開けていたという説は、永久につかむことができないだろう。しかし、今後様々な学問の分野における小さな仮説の中に、道具の使用をよりよく理解するためのものが現れるかもしれない。
ラッコの道具の使用は、知性や創造性、文化的な行動と関係があり、そのものが興味深い。ドラ・バイロは言う。「文化は、行動生物学において一番ホットな話題です。文化があるから、異なるグループに異なる行為が存在するのです。知識は社会的に、個から個へ受け継がれます。個は母親やその他の存在から社会的に物事を学びます。こうしたことの多くは、地域によって異なっているのです」
ラッコはあらゆる要件を満たしている。ラッコが胸の上に置いた石に巻貝を打ち付けるのは機械的なことではない。実際はもっと微妙で複雑なものだ。その動作一つ一つが、道具を使うことは海で繁栄してきた文化的な革新性の豊かな歴史の一部なのだということを我々に思い出させてくれる。
Hakai Magazine
The Quest for an Archaeology of Sea Otter Tool Use
by Elin Kelsey Published July 20, 2015
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