1989年3月24日、1艘の巨大タンカー、エクソン・バルディーズ号がアラスカ州プリンスウィリアム湾のブライ岩礁にぶつかり座礁し、当時米国史上最悪の原油流出事故となりました。
バルディーズとスワードにラッコレスキューセンターが作られ、多くのスタッフとボランティアが、油で汚染されたラッコを懸命に助けます。今回から数回に分けて、この洗浄・リハビリを行ったポイントデファイアンス動物園水族館のローランド・スミス氏の本、Sea Otter Rescueの翻訳をお届けします。本の写真は掲載できませんので、Archive.org(https://archive.org/details/seaotterrescueaf00smit/page/n71)でご覧ください。
まえがき
プリンス・ウィリアム湾で原油流出事故が起きてから数週間後、私はポイントデファイアンス動物園水族館のチームを率いて油で傷ついたラッコたちを助けるよう依頼を受けた。私たちがアラスカ州バルディーズにあるラッコレスキューセンター(ORC)に着いた時、油に汚染されたラッコの数に驚いた。毎日数十頭のラッコが運びこまれた。アメリカ中からやって来たボランティアがラッコたちを救おうと24時間勇敢に戦っていた。
ORCで一日手伝った後、ジョン・ホック(私たちのチームの一人)と私はボートに乗って傷ついたラッコを探しに行くよう頼まれた。当館の獣医師マイク・ジョーンズはセンターに残り、そこでの仕事を手伝った。
ジョンと私は1週間近く、ボートに乗ってラッコを探した。その間、野生生物や環境に浴びせられた流出した油によるダメージを直接目の当たりにした。
夜は湾の守られた場所に錨を下ろして眠った。夜が明けるとまたラッコ探しが始まった。油にまみれたラッコを見つけると、捕獲し船にあるクレート(木製の入れ物)に入れた。時間を節約するため、ヘリコプターや飛行艇が船からラッコをピックアップしORCまで空輸した。
バルディーズに戻った時、ラッコが多すぎるため、油に汚染されていた6頭のラッコをワシントン州タコマにあるポイントデファイアンス動物園水族館へ運ぶ調整が行われた。私たちは動物園に設備を整え、これらのラッコの状態を安定させるのに6週間を費やした。ラッコたちは最終的に動物園で暮らすラッコたちの仲間入りをすることになった。
こうしたことを終えた後、私はアラスカ州スワードへ向かった。新しいORCが設置されたのだ。私は1週間ラッコを撮影して過ごし、レスキューの人々にインタビューを行い、可能な時は手伝いをした。
そして再び、ボランティアやスタッフらがラッコを救おうと英雄のように力を尽くしている姿に打たれた。
この原油流出事故は避けられた大悲劇であったし、そうでなくとも少なくともコントロールできたはずだった。この流出事故で唯一前向きに考えられたことは、私たちが次にラッコの生息地で原油流出が起きた際には、よりよく備えができているということだ。
Roland Smith
Sea Otter Rescue - The Aftermath of an Oil Spill
Published in 1999
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