【記事】カヤックで巡るラッコの海 | Kayaking in Sea Otter Country

本日はカナダの雑誌British Columbia Magazineの2017年夏号から、"Kayaing Sea Otter Country"をお届けします。1970年頃にアラスカから移植されたラッコが、ブリティッシュコロンビアで繁殖を続けています。沿岸生態系に劇的な変化をもたらす一方、地元の観光業と水産業に経済的にも大きな影響を与えてきました。ラッコの復活が水産業に負の影響を与えるとされている日本にとっても、参考になる記事ではないでしょうか。

ブリティッシュコロンビア沿岸へラッコが帰って来るにつれ科学者やツアー実施者らは地元の生態系や経済に大きな影響を及ぼしていることを発見した

干潮時、スプリング島の海岸線は色と動きで生き生きとしてくる。無数の他の無脊椎動物たちとともに、小さなカジカが潮だまりで海藻の間を忙しく動き、カニが露わになった海草でかくれんぼうをしている。海岸から水面に光沢のある黒い頭が見える。プカプカ浮いているケルプと簡単に間違えてしまいそうになるが、双眼鏡で見ると120頭ほどのラッコの群れだということが分かる。

「ずっと動いている機械のようです」と私たちのガイドでカヤックツアー会社のオーナーのデイビッド・パイネルが言う。「休んでいるラッコもいれば、グルーミングしているラッコもいて、毛皮を振って直しているラッコもいます」

パイネルはこの地域で過去20年行ってきたエコツーリズムツアーでラッコウォッチングをメインに据えている。「玄関の向こうにラッコがいますから、時間の経過とともにどのようにこの場所が変わってきたか、またラッコと人間の関係とは何かを話すのに良い機会です」

スプリング島はバンクーバー島西岸の沖、ミッショングループ諸島に位置し、先住民のキューカットの村近くにある。この島は、樹齢1000年以上の大きなシトカトウヒやベイスギなどが生い繁る手が付けられていない古い熱帯雨林を誇っているが、ここはまたラッコの国の中心でもある。

Kayaks are a perfect way to explore coastal waters and observe sensitive wildlife habitats.
Kayaks are a perfect way to explore coastal waters and observe sensitive wildlife habitats.

毛皮商人により根絶するほど乱獲されたラッコは、1930年代までブリティッシュコロンビアには生息していなかった。1969年と72年、89頭のラッコがアラスカからチェクレセット湾へ再導入された。それ以来、ラッコは目覚ましい回復を遂げてきた。ラッコの数と生息域は休息に広がり、現在はバンクーバー島の西岸とブリティッシュコロンビア州中央沿岸部に約7,000頭のラッコが生息している。現在、普通にラッコが見られるスプリング島は太平洋沿岸で毛皮交易に加わり、1800年代後半オットセイやラッコの個体数減少に関わったウィリアム・スプイング船長の名前からとられている。

生物学者はラッコをキーストーン種と表現する。つまり、ラッコが戻ってくれば、ラッコはその周辺の環境を変化させるということだ。他の海洋哺乳類とは異なり、ラッコは体温を保持するための皮下脂肪がない。その代わり、ラッコは密度の高い毛で寒さから身を守ることに依存している。代謝率が高いため、ラッコは毎日エネルギー需要に見合うために体重の4分の1をたべなければならない。ラッコたちが最初にこのエリアに到達したとき、食べられる魚介類は全て食べた。最初はウニ、そしてアワビ、ムラサキガイ、二枚貝、カニ、そして巻貝だ。

ラッコの旺盛な食欲は、その地域の生態系に大きく投影された。ラッコがいない環境ではウニが繁殖しケルプの森を根絶してしまう。ラッコが移住してくると、ラッコはウニを大いに食べ、その結果ケルプの森が繁栄する。海洋生態学者ラッセル・マーケルの研究では、バンクーバー島の西岸ではラッコが赤ウニを食べつくした後ケルプの森が20倍近く広がった。ケルプの森は多くの無脊椎胴部や魚たちに隠れ家やエサを供給し、沿岸の崩落を防ぎ、炭素を吸着する。「ラッコは、大きな変化をもたらす存在です」とハカイ研究所の研究生態学者でビクトリア大学応用保全科学研究所の博士課程の学生エリン・レヒシュタイナーは言う。
沿岸生態系に対するラッコの影響は遠くまで及ぶ。例えば、レヒシュタイナーは、ラッコが長く定着しているカユーケットのような場所では、最近ラッコが到着した場所と比較してミヤコドリが多いことを発見した。ミヤコドリは大型の黒い海鳥で、長く明るい赤のくちばしで容易に判別できる。レヒシュタイナーはラッコが大きなムラサキガイの塊を岩から引きはがすと、岩肌が剥げた状態になり、そこに小さな無脊椎動物が定着して育ち、大きなムラサキガイを食べることができないミヤコドリがそうした小さな生き物をエサにするのではないかと考えている。
ラッコが戻ってくることにより幅広い大きな動物も小さな動物も恩恵を受ける。ミッショングループ諸島をパトロールする沿岸に住むオオカミは、海の生き物を食べる食生活のメニューにラッコを含めることがあり、シノリガモはいいエサにありつけることを期待して冬の間ラッコの後をついていく。浅くしか潜れないカモとは異なり、ラッコは20メートル以上潜ってウニや他の無脊椎動物を海底からとってくる。ラッコは獲物を水面へもって上がり、食べ物を胸の上にのせ仰向けになって食べ物を扱い、食べる。シノリガモにとってウニは大きすぎ、また深すぎるところにいて自分で取ることができないが、ラッコがウニを水面で開けると、カモはラッコのおかげでウニの残りにありつくことができる。ウニは非常に栄養価が高いため、シノリガモは冬をしのぐことができるのだ。「ラッコはシノリガモに本当にいいエサを援助してあげているんです」とレヒシュタイナーは言う。

こうした景観に対する生態系の魔法使いによる長期的な影響は、まだ完全には理解されていない。例えば、ラッコが貝を探すために海草棚を掘り返しその穴をそのままにしておくと、土壌に酸素が供給され海草が早く育つ可能性がある。また一方で、それが沈殿物中の二酸化炭素を大気中に放出してしまう可能性もある。「ラッコのエンジニアリングの影響が海草棚に対してどのように起こっているかはまだ結論が出ていません」とラッコと海藻棚やケルプの森のような沿岸生息域の関係を研究しているハカイ研究所の海洋生態学者、マーゴット・ヘシング=ルイスは言う。

スプリング島沖で陸とカヤックによるツアーを率いる際、観光客がミヤコドリが小さな岩に集まっているのを見かけたり、潮間帯で健全な海草棚に気が付いたりすると、ピネルはラッコとその地域の生態系の間で起こる多くの相互関係を指摘する。観光客は陸で浜に流れ着いたケルプを見て、ひょっとしたらラッコの影響を受けているのではないかと気づく。「ラッコがいる場所では、浜にケルプが打ちあがっていることが多いようです」とレヒシュタイナーは言う。浜に打ちあがったケルプは、陸上生態系にいるものや、陸に住む小型の動物のエサとなるのではないかと考えているが、この推論を確かめるにはさらなる調査が必要だ。

「ラッコは生態学やブリティッシュコロンビアの歴史、先住民、他の種との相互関係に関する非常に多くのトピックへ通じるレンズ、あるいは扉といえます」とピネルは言う。

陸から、あるいはカヤックから、訪問者はラッコの様々な、時にはコミカルな行動を見ることができる。「皆さん、ラッコの話と、私たちが人間であることの要素を結び付けるのです。生きていくために濡れずに温かく過ごすこと、食べていくことなど様々な苦悩です」とピネルは言う。

レヒシュタイナーは中央沿岸部で冬の嵐の間、小さな入り江で50頭ほどのオスのラッコが茶色くかたまっているのを覚えている。ラッコたちは、ケルプの上で取ってきたレッドターバンスネイル(訳者注:巻貝の一種)を石の道具を使って半分に割って食べていた。「石はみな少しずつ違う音を出しますし、ラッコがたくさんいるので、太鼓を演奏している集まりの真ん中にいるような感じでした」

ラッコの回復は、ますます観光客の財布を引き付けている。最近のバンクーバー島への観光客に対する調査によると、ラッコを見られる確率が高ければ、旅行客は野生生物ツアーに最高228カナダドル(約25,000円)まで喜んで出すという。また、クジラを見られる確率が高いツアーへは302カナダドル(約27,000円)払ってもいいという。「観光客が野生生物ツアーを選ぶ際、ラッコはクジラに次いで2番目に重要な要素なのです。これは人々が本当にラッコに関心が高いことを示していて、バンクーバー島西岸の観光業に利益をもたらす可能性があるのです」とブリティッシュコロンビア大学資源環境持続可能性研究所のリサーチアソシエイトとして観光業に対する研究を先導しているレベッカ・マルトニは話す。

の収入が数百万ドル変わる可能性があることを示している。例えば、そのエリアにラッコがもっと増えれば、ラッコが見られる確率が高くなることで観光客が野生生物ツアーを選ぶ確率が7.4%上がると考えられている。この場合、その地域の観光業経営者が得られる収入の推定金額は毎年約950万カナダドル(約8億5300万円)と推定できるという。
マルトニは、観光客にとってカリスマ性のあるラッコは重要だが、野生生物ツアーを行う業者はラッコがビジネスに大きな影響力をもつ要因だとは考えていなかったという。「ラッコを広報しないことで損しているマーケットシェアがあるのです」とマルトニは言う。

また、ラッコ観光の機会が増加することによりトフィーノの観光業者に利益があっても、野生生物観光経済の一部を担っていないファーストネーション(先住民)のコミュニティにはこうした利益は届かず、むしろラッコが戻ってきたことで負の影響を受けている。
ラッコが変えた生態系は、経済的な負担を引き起こした。ラッコがいなければ、ウニやアワビ、貝、カニ、浪貝や他の無脊椎動物は増え、それらを収穫するファーストネーションの水産業に対する機会が増える。ラッコが戻ってくると、ラッコの旺盛な食欲が魚介類に経済的・文化的な関心をもつ人々と軋轢を引き起こしてしまう。
カユーケットチェクレセット先住民の94歳の老人ヒルダ・ハンセンはラッコがその地域に再導入される前、毎日バケツをもって浜に行き、貝を収穫していたことを覚えている。「ラッコが来て全部だめになってしまった」とハンセンは言う。「私たちの食べ物だったのに」

ラッコの生息域。オレンジ色は2008年の生息域。2013年から拡大している生息域は緑。
ラッコの生息域。オレンジ色は2008年の生息域。2013年から拡大している生息域は緑。

ウエストコースト・エクスペディションはバンクーバー島で唯一のエコツーリズム業の一つで、先住民とともに運営しており、先住民コミュニティがラッコに関わる観光から利益を得られる機会を与えている。このツアーの間、ピネルは伝統的な鮭の直火焼き料理を通じカユーケット・チェクレセット先住民と観光客との文化交流を推進している。また、先住民コミュニティの若者にガイドになる訓練を行っている。例えば、ヒルダ・ハンセンの孫のライアン・サバスはピネルとともにスプリング島のツアーを率いているが、バンクーバー島を拠点とする先住民エコツーリズムトレーニングプログラムの出身だ。

ベースキャンプから数分のところで、驚く観光客とともにサバスはカヤックからラッコの群れを眺める。「ラッコは別に気にしていません」とその二十歳の青年は言う。「おばあちゃんがラッコに対して持っているような感情は私にはありません」

BC Magazine

Kayaing Sea Otter Country

Summer 2017