【記事】アラスカでのラッコ猟推進の動き | Alaskans make new push to kill more sea otters, saying they’re decimating Southeast shellfish

本日は2018年3月17日付のAncourage Daily Newsから、"Alaskans make new push to kill more sea otters, saying they’re decimating Southeast shellfish"をお届けします。原題は「アラスカの人々が、ラッコが南東部の魚介類減少の原因と主張し、より多くのラッコを殺せるよう新たに後押し」です。アラスカ南東部ではラッコが回復する一方で、魚介類の収穫を生業としてきた人々は経済的な影響を受けてきました。一朝一夕には解決できない問題です。

アラスカ南東部の生態系はラッコの個体数増加に伴い変化しつつある。アラスカ魚類狩猟局によアラスカ南東部へのラッコの移植が1965年に開始した。1965年に再導入された412頭のうち、89パーセントはアムチトカ島から移されたもので、残りの11パーセントはプリンスウィリアム湾から移されたものである。写真は2004年、プリンスウィリアム湾のシンプソン湾のラッコ。(Photo by Dr. Randall Davis / Texas A&M University)
アラスカ南東部の生態系はラッコの個体数増加に伴い変化しつつある。アラスカ魚類狩猟局によアラスカ南東部へのラッコの移植が1965年に開始した。1965年に再導入された412頭のうち、89パーセントはアムチトカ島から移されたもので、残りの11パーセントはプリンスウィリアム湾から移されたものである。写真は2004年、プリンスウィリアム湾のシンプソン湾のラッコ。(Photo by Dr. Randall Davis / Texas A&M University)

アラスカ南東部の貝、ウニ、カニは、水産業に利益をもたらし、何十年物間多くの人々を養ってきた。

 

ラッコもそうした生き物を食べている。

 

そして現在、100年前に絶滅に瀕したラッコの個体群を復活させるため州が行っている回復プログラムの成功と、そうした魚介類に対する人間の依存が衝突を起こしている。

 

ラッコ保全と、アラスカ南東部水産業や先住民グループの間の軋轢は長きにわたって続いているが、今年、新たに注目を集めることとなった。州の立法者や他の政策立案者らが、トランプ政権や共和党が牛耳る議会に対し、国のラッコにたいする保護を緩和し、現地の管理者に対してラッコを捕獲し、ウニや貝やカニ、ナマコなどの人間の取り分を確保する権限を与えるよう、書簡を送ったのだ。

 

国がどのように対応するかは全く不明だが、水産業に依存する人々は喫緊の課題だと警告している。

 

アラスカ南東部におけるラッコの物語は、ロシア人が絶滅状態まで乱獲をした時から、数百頭がアリューシャン列島から貨物機で移植された1960年代まで、150年以上に及ぶ。

 

ラッコの再導入は成功し、南東部の個体群は20,000頭以上に成長した。科学者は、ロシア人が来る前までの状態までラッコが環境を回復させたというが、ラッコがいない間に増えた魚介類は今や食べつくされている。

 

「私たちが今向かっているのは、通常状態へ戻ることです」とカリフォルニア州サンタクルーズ校の生態学教授でラッコの専門家であるジム・エステスは言う。「ほぼ確実に、ラッコが絶滅するほど乱獲されるまで長い間、こうした問題は全くなかったのです」

 

しかし、魚介類を求めて海底沿いを泳いだり歩いたりする潜水漁師は、15年前は魚介類で敷き詰められていた場所が、今は完全にそうしたものが亡くなってしまったという。南東部の先住民指導者の一人、ジョエル・ジャクソンは、村の人々が自分たちのために収穫したいと思っているのと同じ貝をラッコがカンカンと開けている音が家にいても聞こえるという。

 

「そうしたことがラッコの全てなのです。つまり、私たちの競争相手だということです」南東部のケイク村の先住民政府の代表、ジャクソンは言う。「私たちはラッコを絶滅させたいと言っているわけではありません。ラッコの数を管理したいだけなのです」

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現在の軋轢の根は、ロシア人探検家がアリューシャン列島でラッコを発見した18世紀半ばにさかのぼる。ロシア人は1年に何千頭ものラッコを収穫し主に中国市場に向けてその毛皮を売った。

 

1900年までには、ラッコはロシア、アラスカ、カリフォルニアの13か所にわずかに残されるのみとなった。1911年に締結された国際条約により復活した個体群もあったが、1950年代にかけ、ラッコはアラスカ南東部からはいなくなってしまった。

 

1960年代、アラスカ魚類狩猟局は南東部の6か所ほどでラッコの移植プログラムを開始した。これは、エステスによると、ラッコを以前の繁殖地に再構築すると同時に、住民が毛皮を売ることができるようにしたものだった。

 

およそ400頭のラッコがアリューシャン列島のアムチトカ島からやってきた。アムチトカ島では、政府が核実験を行っていたのだ。

 

ラッコは網で捕獲され、C-130輸送機でアラスカ南東部3か所の空港まで空輸された。それから水陸両用飛行機、グルマン・グースに乗せられた。

 

空港でピックアップされるのを待っているラッコは、動揺を防ぐためボランティアが海水に入れたと州が発表した記録に記載されている。

それから50年、ラッコはもとのリリース場所をはるかに超えてその生息域を広げ、その数は増加し続けている。2008年の国の評価ではアラスカ南東部のラッコは10,500頭と推定され、2014年にアップデートされた最新の評価では26,000頭近くに増加している。これは、年成長率で12から14パーセントの間になる。

 

ラッコは影響力のある捕食者だ。ラッコは代謝が高く皮下脂肪がないため、毎日体重の25パ―セントを食べている。ラッコが生息域を拡大した場所では、ラッコはアワビやウニ、それからナマコやミル貝、ダンジネスクラブを一掃してしまうと研究者も水産業者も話す。

 

南東部のウニ漁場の半分は閉鎖され、65パーセントは「恐らくラッコによる食害」の影響を受けていると州の管理者は言う。他の水産業者にとって影響は比較的小さいものの、それでも物理的な影響がある。

 

ケチカンの漁師、ジェレミー・レイトンは、赤ウニを集めるだけで年に10万ドルも稼いでいたという。数年前、通常漁場にしていたプリンスオブウェールズ島の西からウニが消えてしまい、漁を止めた。

 

以前はウニが海底一面に広がり、棘が互いに触れ合うほどだった。ラッコが移り住むようになり、500フィートの広さに10万パウンドのウニがいた場所には、「ウニ一つ見つけることができない」状態になった。

 

最後にウニ漁に出た際、「2日間ウニを探し回ったが、一つも見つけることができなかった」とレイトンは言う。彼はアラスカ南東部の潜水漁師協会の代表だ。「だから町へ向かった。『何にも残っていなかった』とね」

 

先住民指導者のジャクソンは、ケイク村ではラッコのせいで住民が貝やその他の魚介類を獲るのが難しくなっているという。村では20パーセントの人々が貧困ラインの下にいる。

 

「ここでは経済状態が悪いため、より陸に依存するようになってきています」とジャクソンは言う。「まだ個々にも貝はありますが、少なくなっているし、小さくなっています」

 

アラスカの立法者は何年もラッコの生息域拡大の影響に対し抗議してきた。しかし、沿岸に暮らすアラスカ先住民にラッコ猟を限定している1972年に発効した海洋哺乳類保護法に妨げさられきた。

 

同法は、ラッコ猟を素材や衣服に限定しており、工芸品として「著しく変え」てなければ、アラスカ先住民がラッコの毛皮を販売するこを禁止するものと国の当局は理解してきた。そしてラッコ猟はアラスカ先住民の血が4分の1以上ある者でなければ許可されていないのだ。

 

また、毛皮市場が思ったより小さく、ラッコ猟に対する利益が減っていることが分かってきているとエステス教授は言う。

 

2011年、ドン・ヤング米国下院議員が先住民以外への生皮の販売を許可するよう法案を提出し、ラッコの毛皮市場を活性化させるのに失敗した。 2年後、シトカのバート・ステッドマン共和党上院議員は、収穫したラッコの毛皮1枚に対し100ドルの報奨金を出すという法案を提案した。しかし法案は1票も賛成を得なかった。

 

ステッドマンは今年、上院合同決議13で反ラッコへの後押しを主導している。この措置は法案では何も拘束力はなく、連邦政府に対する口調の強い手紙のようなものだ。

 

これは長々とした議会や連邦政府機関に対する要請のリストだ。連邦認定の部族として登録されているアラスカ先住民族へラッコ猟を解禁すること。未加工のラッコの生皮の制限のない販売を許可すること。管理を州や部族に委譲すること。

 

 

州漁業委員会は今月、ライアン・ジンケ内務長官とウィルバー・ロス商務長官に手紙を送り、アラスカのコミュニティがラッコを柔軟に管理できるよう求めた。ピーターズバーグの民間ラジオ局KFSKによると、アラスカ南東部の地方自治体と漁業団体も同様の立場をとっている。

 

ステッドマンは連邦政府のデータを引用し「(ラッコの個体群の)成長は続き、収穫量は減少している」と述べた。

 

ステッドマンは、トランプ政権下でワシントンD.C.でより良いアクションの機会がある考えていると付け加えた。 「そうでなければ、都合のよい夢に終わってしまう」と彼は言った。

 

ジンケの広報担当者ヘザー・スウィフトは、内務長官は地元や部族レベルで漁業狩猟局運営に関する意思決定をすることを強く支持していると語った。しかし、スウィフトはまた、アメリカ魚類野生生物局がアラスカ先住民が収穫できるラッコの数にすでに制限を設けていないことを指摘し、法律上は連符政府機関に柔軟性を十分与えているとも述べた。

 

スウィフトは「アメリカ魚類野生生物局は、法律や利用可能なリソースに応じて、紛争に対処するために利害関係者と協力できるようになっている」とEメールで述べた。

 

海洋哺乳類保護法を変更するには、連邦議会を経なければならない。

 

アラスカ州の2人の共和党上院議員、ダン・サリバンとリサ・ムルコウスキは両者とも法律の要素を検討することに関心があり、サリバンはこの問題について小委員会の聴聞会を開くことを計画していると広報担当者は述べた。

先月、アラスカ州会議事堂で有権者と話すアメリカ上院議員リサ・ムルコウスキ(Nathaniel Herz / ADN)
先月、アラスカ州会議事堂で有権者と話すアメリカ上院議員リサ・ムルコウスキ(Nathaniel Herz / ADN)

しかし、ムルコウスキは、用意された声明で、アラスカの議員が海洋哺乳類保護法の広範な巻き返しを支持していると見られる場合、反対を表明する可能性を示唆した。

 

「私は、この法律で保護されている海洋哺乳類の保護をなくすということに賛成しているのではなく」とムルコウスキは言う。 「むしろ生態系全体を考慮に入れるための枠組みを柔軟にしようという考えに賛同しているのです」

 

インタビューでは、アラスカ先住民グループの関係者は、猟師は少なくとも4分の1の先住民の祖先がいるという要件を変更するというような、南東部のラッコを管理する既存のシステムを変更するという考えに賛同していると述べた。

 

しかし、これまでのところ、議会でのステッドマンの決議に反対している。

 

州全域の先住民部族ラッコ委員会のメンバーは全会一致でステッドマンの案に反対し、アラスカ州に対し管理の権限を与えることに反対すると表明した。

 

「部族間の現実とアラスカ州の現実を遡って見れば、良い歴史はありません」と委員会のディレクター、リアナ・ジャック・ピーターソンは述べた。

 

アラスカ南東部のラッコに関する議論の結果は、政策決定者がラッコがいない時に生じた産業や文化に与える価値観に左右される可能性があります」とエステスは言う。

 

「こうした人々に、彼らを援助したいというのは一つの方法ですが」とエステスは言う。「しかし、実際にそこに人を送り込み、ラッコを撃ち始めるということになると、そうしたことは起こりえるでしょうか」

 

水産業では、ラッコに最も影響を受けている商業許可が600以上あります。ウニ、ミル貝、ハマグリ、ナマコ、ダンジネスクラブなどです。その総額は2016年1500万ドルにも及びました。

 

 

しかし、議員らはラッコが南東部における観光業を発展させていることも認めている。また、科学者らはラッコが魚介類を枯渇させる一方で、ケルプのような種の存在を促進しているとも言う。ケルプは魚の生息地となり、大気から温暖化の原因となる二酸化炭素を取り込むことさえできるとエステスは言う。

 

「こう尋ねることもできるでしょう。ケルプを維持すると得られる利益は何か、魚介類を失うことによる損害は何か、そして、これらのバランスをとるにはどうしたらよいか」エステスは言う。「複雑な問題です。簡単な、軽い問題ではありません」