本日は翻訳ではなく書き下ろしの記事になります。
モスランディングのカリスマラッコ、ミスターエンチラーダが車にひかれてからちょうど1年。ラッコと他の生き物、そして人間がみな安全に暮らしていくために、今でも多くの人々が尽力を続けています。
ずいぶん前にらっこちゃんねるの仲間たちという記事でご紹介していた「のっぺらっこ」(別名「おっさん」)ことミスター・エンチラーダ(地元の人気レストラン「ホール・エンチラーダ」の横に住んでいたことからその愛称があったそうです)が、2016年7月3日、アメリカ独立記念日の前の晩に車にひき逃げされ、死にました。海で暮らす動物がなぜ車にひかれて死ななければならなかったのか。通常ではまずありえない事件でした。ミスター・エンチラーダの死から1年、その事故を振り返ります。
モスランディング
モスランディングはモントレー湾に臨む大きな入り江になっています。メインの水路の北側にノースハーバーがあり、ほぼいつでもラッコの群れ(通称ボーイズ・クラブという、縄張りを持たないオスの群れ)を見ることができます。メインの水路はそのままカブリロ・ハイウェイの橋の下をくぐり、エルクホーン湿地帯へとつながっています。水路の南側にはサウスハーバーがあります。ここは大型のカニ釣り漁船やホエールウオッチングなどの観光船が多く出入りし、ヨットなども多く停泊する大きな港になっています。ミスター・エンチラーダが住んでいるのは、そのサウスハーバーの端、モスランディングロードとカブリロ・ハイウェイが交差する場所でした。
サウスハーバーの主
この場所はサウスハーバーの一番奥にあたり、船の出入りはあまりありません。水の流れも穏やかで、ラッコたちが休むにはうってつけの場所です。
ミスター・エンチラーダは南側のハーバー全体を縄張りにしているようでした。パトロール中オスのラッコがいると追いだそうと追いかけていました。エサはどこか他のところで食べることもありますし、この幾つかとなりのドックで食べていることもありました。
複婚
ラッコは通常複婚です。
つがいになるわけではなく、交尾の間だけ一緒にいて、オスは子育てには一切関わりません。メスは自由にオスの縄張りに出入りしています。縄張りを持つオスは、自分の縄張りに入って来るメスと交尾する権利を持ちます。
ミスター・エンチラーダはメスに人気があるようで、この場所にはよくメスラッコがやってきては一緒に昼寝をしていました。ある時にはミスター・エンチラーダがメス5頭に囲まれていることもありました。メスどうしはお互いに争うことはなく、仲良くしていました。
防潮ゲートの設置
ミスター・エンチラーダが住んでいるサウスハーバーは土管を通じてモロ・コホ湿地帯へとつながっていました。この湿地帯は海水と真水が混ざった汽水性の湿地帯で、ここにも絶滅が危惧される貝類などの生物がおり、港から海水がどんどん流入するとこれらの生物が脅かされるため、土管の港側に水門が設置されました。干潮時はふたが開き湿地帯側から港へ水が流れるようになり、満潮時は水圧でふたが閉じて海水が湿地帯へ流入するのを防ぐようになりました。
ミスター・エンチラーダは水位が低く水門のふたが開いているときは泳いで土管を通り、ふたが閉じているときは道路を渡って港と湿地帯を行き来するようになりました。
らっこちゃんねるが初めてミスター・エンチラーダの道路横断を見たのは5月13日のことでした。
下の動画はモントレーヘラルド紙(地元の新聞社)のYou Tubeチャンネルから。あやうく轢かれそうになったミスター・エンチラーダの様子です。
道路を渡るラッコ
私たちも、行くと必ずミスター・エンチラーダが道路を横断するところを目撃するようになりました。
週に1度ここを訪れていてその確率なので、実際はほぼ毎日のように行き来していたのだろうと思います。
ハイウェイのほうから入ってくる車はそれほどスピードを出していないのですが、反対側からくる車はカーブでも減速しない車が多く、曲がり切ったところで突然ラッコが見えてブレーキを踏んでも間に合わないスピードで突っ込んできます。私たちがいるときは車を制してラッコを渡らせることもできましたが、誰もいないときにはどうしようもありません。
ある日、湿地帯側へ渡ったミスター・エンチラーダを心配しながら見ていると、若い男性が話しかけてきました。この方は湿地帯のすぐ脇に住んでいる方でした。
「このラッコは道路を渡るんだけど、知ってる?」
「ええ、何度か見たことがあります。危ないですよね・・・」
「そうなんだ。恐ろしいよ。『ラッコ横断中』みたいな標識が必要だね」
「本当ですね・・・」
その翌週、その場所に「ラッコ横断中」の標識が立ててありました。その男性が設置したものでした。これはジョーク商品として売っているものですが、まさか実際にラッコが道路を渡る警告として使われるとは誰も思いもしなかったでしょう。
場所への執着
ラッコの行動範囲は沿岸数マイルから数十マイルに及びます。その範囲でエサを食べ、子どもを産み育てます。ラッコの個体密度によっては、食料資源が乏しくなり他へ移動を余儀なくされることもあります。生活サイクルのために移動するのは、野生動物全般に見られる行動です。人間は移動の利便性のため道を作りますが、そこは野生動物たちにとっての「見えない道」であった可能性もあります。道路ができて分断されても、動物たちにとって人間の作った道路は意味がないので、道路を横切ることが多々あり、車にひかれて死んでしまう動物が後を絶ちません。カナダなどでは、道路の下に野生生物専用のトンネルなどを作って野生生物がひかれてしまう事故を減らそうとする試みも行われています。
観察している限りでは、ラッコにも生活圏のようなものがあり、エサを食べる場所、寝る場所などがラッコによりだいたい決まっているように見受けられます。いつも同じ場所でエサを食べているラッコも少なくありませんし、群れのラッコを見ていても、浜に上がって休むラッコたちはだいたいいつも同じ場所に上がります。縄張りというよりは、何かをする場所に対して執着というか、何かこだわりのようなものがあるようです。もちろんエサが少なくなれば他の場所へ移動しますが、それまではだいたい決まった場所で食べるようです。ミスター・エンチラーダが湿地帯へ行くようになった後、彼の縄張りの中でほかにエサが取れる場所があるにも関わらず危険を冒し道路をわたってでも湿地帯への移動を繰り返すようになったのは、このラッコなりの場所へのこだわりがあったからかもしれません。
ミスター・エンチラーダの死
最後にミスター・エンチラーダを見たのは7月1日でした。それまで、港から湿地帯へは土管を泳いで渡り、湿地帯から港へ戻るときには道路を渡ると思っていたのですが、この日は行きも帰りも道路を渡っているのを目撃しました。行きも帰りも道路を渡るということは単純に考えて危険が2倍になるということでもありました。
この時点で、自治体やラッコ保護団体などが協議をしていたそうなのですが、運命の日は思ったよりも早く来てしまいました。
その翌週、いつものようにサウスハーバーを訪れましたが、いつもとは何か違う雰囲気を感じました。1日のうちで何度かくれば必ずミスター・エンチラーダがいたのに、その日は全く姿を見かけませんでした。前の週までミスター・エンチラーダと一緒にいたメスのラッコたちも、1頭もいません。そして、ミスター・エンチラーダがいつも湿地帯から道路へ出てくるあたりに広がる不気味な染み。少し離れたところにも同じような染みが道路に広がっていました。
結局夕方まで一度もミスター・エンチラーダも、メスのラッコたちも全く姿を現しませんでした。
どうしたのだろうとあたりを見ていると、近所の男性が再び現れました。
「あのラッコを探しているんだよね・・・?」
「ええ、いつもいるのに今日は全く見かけないので・・」
「実は、3日の晩、車に轢かれてしまったんだ。本当に残念だよ・・・」
後で地元の新聞記事で知りましたが、この男性とその家族は自宅の裏の湿地帯に現れるミスター・エンチラーダを家族のように思っていたので、道路を渡るたびに車を止めていたそうです。たまたま、独立記念日の連休で出かけていた時にこの事故が起こってしまったため、このご家族は非常に責任を感じていると記事にありました。
そして、その近所の方はミスター・エンチラーダの他にも道路を横断しているラッコがいるから心配だ、と言っていました。
【Sea Otter Savvyの投稿より】
ラッコやラッコの福祉について考えている私たちの仲間はこれは本質的に危険な行動だと考え、このラッコが交通量の多い道路に慣れていくのを防ぐべく話し合いを始めていました。心配した地元の人も、「ラッコ横断中」の標識を立て、ドライバーたちに注意を促していました。
悲しいことに、独立記念日の前夜、このサウスハーバーのオスラッコは道路を横断中に通行中の車にはねられ死んでしまいました。ドライバーはこの事故を通報せず、ラッコの死体はモスランディングの港湾局のスタッフが発見し、通報しました。この美しい、健康なラッコの人生にはショッキングな最期でした。間違いなくカリフォルニアで最もよく知られよく写真に撮られていた野生のラッコでしたから、ここを通り過ぎる多くの人たちや、このカリスマ性のあるラッコを訪ねてくる人たちにとっては友人を失ったような心地でしょう。
私たちは他のラッコたちが同じ運命を辿らないよう、解決策を探し、行動を続けます。こうしたことは、海洋哺乳類の死亡例としてはまれなことではありますが、他の動物にはよく起こり得ることだということを運転する人は知っています。効率的にある場所から別の場所へ移動するために私たちは道路を建設します。しかし、そこが昔から野生動物が移動する通路になっているところだということを考慮しないこともあります。動物は区切られた場所を、エサや隠れ場所、交尾の相手などを探して移動する必要があります。そうした移動の必要性は生死に直結しています。ですから動物たちは道路を渡り、道路で死んでしまうのです。私たちが別の方法を動物たちに与えてあげるまでは。
皆さんには何ができるでしょうか。もし、ラッコが隣人であるモスランディングを運転することがあれば、道路にいる野生動物に注意して運転してください。ラッコが道路を渡ることが知られているのは、サウスハーバーとホール・エンチラーダというレストランの隣のモロ・コホ湿地帯の間の道路、そしてモスランディング州立公園の入り口のジェッティ・ロードです。再度お願いしますが、ここに来る人は気を付けて運転してください。わたしたちの短期的な目標はこうした場所に注意を促す標識を立てること、そして長期的には道路の下に安全な通路を作ってあげることです。
このオスのラッコはミスター・エンチラーダという愛称で知られていました。このラッコについて何か思い出はありますか?あなたの思い出や写真を私たちにシェアしてください! |
標識とスピードハンプの設置
ミスター・エンチラーダが死んで間もなく、同じ月の終わりに、港のそばに標識が設置されました。ミスター・エンチラーダがいた港のそばに2か所、そしてもう1か所ラッコが道路を横断することで知られているモスランディング州立公園のジェッティ・ロードに2か所、設置されました。
ジョーク商品ではなく、世界で唯一モスランディングだけにある本物のSEA OTTER XING(ラッコ横断注意)の標識です。残念ながらこの標識の設置を待つことなく、ミスター・エンチラーダは死んでしまいました。
しかし、スピードを守らないドライバーも少なくありませんでした。
標識の設置から数か月後の11月下旬、モスランディング・ロードにスピードハンプが設置されました。
これは道路に段差を作り、強制的にスピードを落とさせるものです。そしてその上に、ラッコ用の横断歩道が設置されました。ミスター・エンチラーダは下の写真中央にある湿地帯側の大きな木の後ろの当たりから、港(写真の右側)のオレンジ色のコーンの辺りまで道路を斜めに横断していました。当局は、湿地帯側に木のフェンスを作り、ラッコをもう少し手前まで誘導し、最短距離でスピードハンプを兼ねた横断歩道を渡らせることにより、車に引かれる可能性を少しでも減らすことを考えていたようです。
1年たって
事故後の数か月は、この場所ではほとんどラッコを見かけなくなりました。
以前、ミスター・エンチラーダと毎日のように一緒に休んでいたメスのラッコたちも、まったく姿を見せなくなりました。ひょっとしたら事故の時に港にいて、何かを感じたのかもしれません。
そして事故から1年、ミスター・エンチラーダのいた港には少しずつ活気が戻ってきています。
数か月前から、オスのラッコがここを新しく縄張りにしています。そして、以前ここに出入りしていたメスのラッコたちもまた集まってくるようになりました。メスのラッコたちは、干潮になり土管の扉があくのを待って土管の中の貝を食べるようになっています。それに伴い、潮の加減で思ったより早く扉が閉まってしまうこともあるからか、ラッコが湿地帯側に取り残されることもたびたび起こっています。
つい先日、7月の初め、1頭のメスのラッコがこの横断歩道を使って道路を渡っているのを目撃しました。横断歩道にたどり着くまでにフェンスにぶつかって少し悩んでいたところを見ると、恐らくここを通るのは慣れていないのだと思います。横断歩道を使っているということは、少なくとも他の場所を渡るよりもリスクが少ないということになりますが、それでもまたラッコが道路を渡るようになったということは、また何らかの事故が起こる可能性もでてきたということにほかなりません。以前から道路を渡るラッコについて報告をしていた保全団体の方へ連絡したところ、横断歩道が設置されて実際に使われているという報告はこれが初めてだったそうです。新たに心配なことが増えましたが、今後もラッコたちの動きについて見守っていきたいと思います。
もし、モスランディングを訪れる機会がある場合は、ラッコや他の野生生物に十分注意を払ってくださるよう、お願いします。
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