【記事】霧多布で生まれたラッコ | Baby sea otter born in Kiritappu

今回はらっこちゃんねるオリジナル記事になります。昨年、北海道浜中町霧多布でゲストハウスを営み、特定非営利活動法人エトピリカ基金の理事長でもある片岡義廣さんから、お問い合わせがあり、霧多布にラッコが定住しているということを伺いました。今回、ラッコに赤ちゃんが生まれたとのことで、記事にする許可をいただきましたので、ご紹介します。

霧多布岬は根室市から車で南西へ1時間ほど、太平洋に面した北海道厚岸郡浜中町にあり、北海道遺産である霧多布湿原がそばに広がる自然豊かな場所だ。「きりたっぷ」の地名はアイヌ語由来だが、その漢字が示しているように、春から夏にかけ霧が多く発生する土地柄でもある。霧多布には数百種の海鳥のほか、ゼニガタアザラシやトド、鯨類などの海獣が生息している。

エトピリカ。日本では根室沖のユルリ島などに数十羽が生息するのみで、環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類に分類されている。By Alan D. Wilson (naturespicsonline.com (Tufted Puffin)) [CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
エトピリカ。日本では根室沖のユルリ島などに数十羽が生息するのみで、環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類に分類されている。By Alan D. Wilson (naturespicsonline.com (Tufted Puffin)) [CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

霧多布岬のふもとでゲストハウス「カントリーハウスえとぴりか村」を経営する片岡義廣さんは海鳥の保全調査を中心に、霧多布国指定鳥獣保護区管理員として、また特定非営利活動法人エトピリカ基金の理事長として霧多布付近の海鳥や海獣の調査を行ったり、地元の小学校でエトピリカに関する出張授業を行うなど、長きにわたり浜中町の自然や野生動物の保全活動に尽力している。併せて自身のブログ「なまけもの日記III」およびNPO法人エトピリカ基金のブログで霧多布の野鳥や海獣について写真や記事を紹介している。

 

片岡さんは筋金入りの鳥好きだ。15歳の頃から水鳥に魅せられ、高校生の時にエトピリカを見るため、当時エトピリカが繁殖していた根室の落石岬を初めて訪れ、1985年にはついに霧多布へ移住した。

 

エトピリカはチドリ目 ウミスズメ科の体長40cmほどの海鳥で、北太平洋に広く分布している。北海道は生息域の南限で、生息地は離島が多かったため正確な調査は行われておらず正確には不明だが、かつては北海道沿岸に数百羽が生息していたと考えられている。しかし、漁網への混獲や生息地に侵入したドブネズミによる捕食により数が激減し[1]、片岡さんによると、現在は霧多布には定着しておらず、昔の生息地に若い個体が時折訪れる程度で、根室沖のユルリ島に4つがいが生息するのみとなってしまった。基金ではエトピリカが仲間を見て集まる習性を活かし、地元の小学生とともにデコイ(鳥の形の模型)を補修し海に浮かべる活動も行っている。


エトピリカの調査は、始めは片岡さんの個人的な活動だったが、任意団体となった。それを発展させたのが現在のエトピリカ基金で、エトピリカに限らず道東の海鳥や海獣の調査活動を行うようになった。基金の仲間にアザラシが好きなスタッフがおり、それをきっかけに、海鳥の調査時に海獣も見るようになったという。そして、ラッコが定着するようになってきたため、ラッコの調査も行うようになったのだそうだ。

日本近海のラッコ

かつては、日本近海にもラッコが生息していた。オホーツク沿岸や襟裳岬付近にラッコが定住していたと考えられている。北海道アイヌは千島アイヌからラッコの毛皮を手に入れ、松前藩との交易を行っていた。1800年には高田屋嘉平がラッコ猟を始め、日本近海でも1873年から官営のラッコ猟が始まった。1872年にはイギリス人の探検家H.J.スノーがラッコ約8,000頭を密猟し、日本近海のラッコが激減したと言われている。1878年には国内でのラッコ捕獲数に制限が課されたが、世界的に激減したラッコやオットセイを守るため、膃肭獣保護条約がロシア、日本、アメリカ、カナダの4か国間で締結され、国内施行のため国内におけるラッコやオットセイの捕獲を禁じる翌年臘虎膃肭獣猟獲取締法が制定され、同法は今日でも有効となっている。

霧多布のラッコ

特定非営利活動法人エトピリカ基金理事長の片岡義廣さん。愛犬のモンザブローとゲストハウス「えとぴりか村」の前で。
特定非営利活動法人エトピリカ基金理事長の片岡義廣さん。愛犬のモンザブローとゲストハウス「えとぴりか村」の前で。

「私がここへ引っ越してきたのは1985年なんですが、その時からラッコは見ることができたんですよね」と片岡さんは言う。その当時ラッコは年に一度か数年に一度現れていた。実際に1頭、2頭と定着したのは2014年だった。当時は詳しい調査は行っていなかったため、最初の個体がオスかメスかは不明だったが、2016年秋に3頭が定着するようになり、大きさの違いなどからオスとメスがいることが分かった。繁殖の可能性もあると考えられたため、本格的な調査を始めることになった。

 

現在、霧多布岬周辺には合計4頭のラッコが定着しているという。霧多布岬の北側、帆掛(ほかけ)岩と黒岩付近にオス1頭、メス2頭がおり、岬の南側のアゼチ岬及び小島、嶮暮帰(けんぼっき)島周辺に別のオス1頭が生息している。北側の3頭のラッコは、昨年(2017年)の5月から7月は岬の沖の帆掛岩と黒岩付近で過ごしており、その後岬周辺に戻ってきている。南側のラッコは昨年10月以降、冬の間見かけなかったが、今年4月下旬に戻ってきたそうだ。台風の時期には海が荒れ、波が6~7mになることもあるがそのような時は観察することも容易ではないので、ラッコたちがどのように荒天をしのいでいるかは分からないが、波が収まって3~4mほどになると、普通にエサを食べているという。

霧多布岬の北に住むオス1頭とメス2頭 写真提供:片岡さん
霧多布岬の北に住むオス1頭とメス2頭 写真提供:片岡さん
アゼチ岬周辺に住むオス 写真提供:片岡さん
アゼチ岬周辺に住むオス 写真提供:片岡さん

浜中町は北海道の他の沿岸地域と同様に昆布の生育に適した地で、生産量は全国の1割を占めている[2]。霧多布岬の周辺にも昆布が繁茂しているが、昆布は海中にあるためラッコは昆布に包まらずそのまま水面で寝ていると片岡さんは話す。漂っている海草に包まっていることはあるそうだ。

 

霧多布のラッコは、主にバフンウニ、貝類(バカ貝、ツブ貝等)、カニ(花咲ガニ、クリガニ)を食べている。ムラサキウニや、まれにミズダコを食べることもある。

エゾバフンウニ
By A. C. Tatarinov [CC BY-SA 3.0], from Wikimedia Commons

バカガイ
作者 self [GFDLまたは CC BY-SA 3.0], ウィキメディア・コモンズより

様々なツブガイ
Wikimedia Commons


花咲ガニ
By The original uploader was Craford at Japanese Wikipedia [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons

クリガニ
By Photographer: David Ayers, USGS [Public domain], via Wikimedia Commons


北海道沿岸で2例目の繁殖地

北海道沿岸では、2014年以降、根室沖のユルリ島、モユルリ島でラッコの繁殖が確認されており、最大8頭が観察されている[3]。片岡さんによると、今回、記録に残っている中では北海道沿岸での繁殖は戦後根室沖に続く2例目の場所となるそうだ。戦後といっても、実際北海道沿岸のラッコは20世紀初頭にはほぼ絶滅していたことを考えると、それ以来のことと言えるかもしれない。根室半島付近にもラッコは出没しているが、片岡さんのように一年を通じて観察や調査を行っている人はいないため、詳しい生態などは分かっていない。

母親ラッコと赤ちゃん。2018年5月15日撮影。写真提供:片岡さん
母親ラッコと赤ちゃん。2018年5月15日撮影。写真提供:片岡さん

片岡さんが親子のラッコを見つけたのは5月15日のことだ。霧多布岬の北の3頭のラッコは、昨年の5月から7月頃はアザラシの繁殖地でもある、岬の少し沖にある帆掛岩や黒岩のあたりで過ごしており、岬周辺にはたまにしか現れなかった。今年も同様に岬の2~3km先の岩の辺りで過ごしていたため、望遠鏡で観察していた。「その時には2.5kmくらい沖の黒岩近くにラッコが浮いているのが分かりました」と片岡さんは話す。「そのすぐそばに、棒のようなものが浮いているのが見えました。そのメスのラッコが全然離れないのでおかしいなとおもっていたら、そのうち抱き上げたので、子どもだと分かりました」

5月11日まではそのメスは霧多布岬へ来ており、その時には子どもがいなかったので、11日から15日の間に出産したのだろうと片岡さんは推測している。
5月18日に船を出し、黒岩付近で親子を確認した。近くにいたオスがメスに少しちょっかいをだしていたそうだ。21日には再び船を出し、ホカケ岩付近に親子を確認している。他に1頭ラッコがいたが、特に絡んではいなかったそうだ。その後、親子は6月2日に初めて岬を訪れており、母親はそこで子どもを海の上に浮かべておいて、エサを獲りに潜っていたという。

黒岩付近にいた親子。2018年5月18日撮影。写真提供:片岡さん
黒岩付近にいた親子。2018年5月18日撮影。写真提供:片岡さん

今回のラッコの繁殖については、特に報道機関へは伝えていないため、今のところ特に報道はされていないという。生後4~6週間で自立するアザラシとは異なり、ラッコは6か月ほど母親のもとで育ち、エサの取り方やグルーミングの仕方などを学ばなければならない。子育てにかかる母親の負担は非常に大きく、通常の2倍のエネルギーを必要とする。そのため、子育ての終わりごろにはストレスや栄養不足で衰弱してしまうメスも少なくない。もし霧多布に出かけてラッコを観察する機会があるなら、必ず距離を保ち、大声を出して怯えさせるようなことは避け、静かに見守るよう心掛けていただきたい。

地元の人々とラッコ

浜中町で水揚げされるエゾバフンウニは日本産のウニの中でも最高級品とされているため、ラッコの繁殖とウニ漁との軋轢が生じるのではないかとの懸念もある。片岡さんはラッコの調査については浜中町や地元の漁業協同組合ともすでに話をしている。漁業協同組合では稚ウニを撒いており、その付近にラッコが出没することはあるが、現在のところラッコによる被害は出ていないため、ラッコに対して否定的な意見はないとのことだ。「知り合いの漁師さんには[ラッコが繁殖して]よかったね、って言われますね」と片岡さんは嬉しそうに話す。「今後[ラッコが]増えていけば何かしらある可能性はありますが、今のところは大丈夫なようです」

 

片岡さんが理事長を務めるエトピリカ基金では、経団連自然保護基金の助成を得て、5年前から沿岸の鳥獣の調査及び保全・普及活動を行っている。始めの3年間は海鳥とアザラシが対象だったが、2017年から3年計画でラッコのみを対象に助成を得ている。今年はこの後調査を続け、地元浜中町や漁業協同組合でラッコに関するワークショップを行う予定だ。また、町のセンターで町民や来訪者向けのラッコの展示パネルも作成するという。「3年目は全ての調査が終わったら、ラッコのことを知ってもらうために、『ラッコ読本』のような簡単な小冊子を作成し、地元の子どもたちと漁師さん全員に配布したいと思っています」

 

エトピリカ基金は、地元の小学6年生を対象に行っているエトピリカのデコイの補修活動の際、エトピリカや海鳥に関する啓蒙活動を行ってきた。今年からは、ラッコに関する話も加えて行っている。「やっぱりラッコのほうが子どもたちには人気あるんですよ」と片岡さんは笑う。「子どもたちはかなり興味を持つようなので、冊子を子どもや漁師さん全員に配れば、もっとラッコのことを知ってもらえるのではないかと思っています。知らないとただの害獣になってしまいますから」

謝辞・らっこちゃんねるより

2017年11月、片岡さんかららっこちゃんねるに霧多布に住み着いたラッコの雌雄の判別に関してお問い合わせをいただきました。根室沖のモユルリ島でラッコが繁殖しているということや、花咲港にラッコが出没することは報道されて知っていましたが、霧多布での繁殖について具体的な情報をいただいたのは初めてでした。今回ラッコの繁殖について記事と写真を公開されていたのを見て、報道などに出ていなかったので、インタビューをしてらっこちゃんねるでぜひ紹介させていただきたいということでお願いをしたところ、快くお引き受けくださいました。野生のラッコは、地理的な問題でなかなか通年観察を続けることが難しいとは思いますが、そういう意味では、霧多布のラッコ観察はひとえに片岡さんの地道な努力によるところが大きいと思います。片岡さんのもとには、日本の水族館の方や数少ないラッコ研究者の方も足を運ばれるそうです。まだまだ数が少なく、研究や調査の対象にもなりづらいのだろうと思いますが、数が増えていけば、定期的な観測や詳しい調査も行われるようになるかもしれません。片岡さんは、ラッコの調査だけでなく、「ただの害獣」にならないよう、ラッコに対する理解を深めたいとおっしゃっていました。その言葉に、非常に胸を打たれました。片岡さんにはお忙しい中、お時間を割いていただき、この場をお借りして心より感謝申し上げます。


らっこちゃんねるは動画の使用料金やカレンダーなどのロイヤリティをこれまでカリフォルニアラッコ基金や北米の研究施設や団体を中心に寄付させていただいていました。らっこちゃんねるの目的は、北米の野生ラッコ研究や保全活動に関する情報を日本語で提供することにより、いずれ本格的に日本に戻ってくる野生ラッコの保全についての関心を高めることにあります。今後は、その目的のためできるだけ今後も継続してエトピリカ基金へも寄付させていただくつもりです。また、読者の皆さんも、エトピリカ基金を通じてぜひ片岡さんの野生ラッコの調査・保全活動を応援していただけたら幸いです。エトピリカ基金へのご協力についてはこちらをご覧ください。

参考

  1. ^環境省 政策分野・行政行動 希少な野生動植物種の保全 保護増殖事業 エトピリカ
    https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/etopirika.html .Accessed June 2, 2018.
  2. ^ 北海道浜中町観光協会 浜中町昆布物語
    http://www.kiritappu.jp/home/nn/konbuguide/konbuguide1.html .Accessed June 2, 2018.
  3. ^根室市ウェブサイト 歴史と自然の資料館「ラッコに関する資料」http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/lifeinfo/kakuka/kyoikuiinkai/kyoikushiryokan/siryoukann/1/662.html Updated May1,2018. Accessed May 29, 2018

 

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コメント: 1
  • #1

    ラッコがんばれ (金曜日, 01 10月 2021 11:33)

    漁師のウニも食べまくってラッコ増えて そして日本の国獣にしよう!水族館にも入れよう!ラッコ王国日本���❣️